「明日から、明日からはちゃんとやろう」ところが、その「明日」もほとんど変わらない一日だった。予習しないままで受けた授業の内容は、左の耳から右の耳へと素通りするばかりでさっぱり理解できなかった。帰宅後、遅めの夕食をとっている時に、何となく点けたテレビの映画を最後までぼんやり見てしまう。気がつくと勉強しなければならないのは分かっているが午後一一時を回っていた。「今からはじめても一時間しかできない。まとまった時間がないと、やる気になれないな」P君はそのまま、大して見たくもなかったバラエティ番組を見続けていた……。このような無気力状態が年余にわたると「スチューデントアパシー」という状態に似てくる。これは大学生によく見受けられるもので、無気力で無感動、生き甲斐や目標の喪失が訴えられ、長期にわたって留年を繰り返すことで事例化する。P君の状態はそれほど長期間続くわけではないが、このスチューデントアパシーとかなり重なり合う部分があった。P君もそうだったが、アパシーにおちいる人は、元来は怠け者ではなく、むしろ几帳面で完全主義の人が多いといわれる。こうして、一日が過ぎ、二日が過ぎ、気がつくと予備校に入ってから、すでに一ヶ月以上が経過していた。五月には、浪人生活で初めての模試があったが、「この状態で受けても、納得のいく結果は絶対に出ないだろう。できないことは分かっているのだから模試を受けても意味がない。もっとちゃんと勉強してから、その成果を見るために模試を受けよう」そう思ってP君は模試を受けなかった。