大学を出ると、「末は博士か大臣か」

2011.05.16

明治以来、日本の社会を発展させてきた一つの推進力は、ひと口でいって「立身出世」ということであった。人間だれでもえらくなりたい、金持ちになりたい、と考えているのでないか、と思うかもしれないが、たとえば、徳川時代には、百姓はえらくなりたいと望んでも、えらくなることはできなかった。分相応に生きるということが、基本的な生き方であった。アジアの多くの国では、いまでもそれに近い生き方をしている。立身とか出世とかを多くの人が望むようになったのは、日本でいえば、士農工商の身分関係がくずれた、明治のなかば以後のことである。貧乏な水飲み百姓でも、いやしめられた商人でも、努力をし、巡がよければ、えらくなれる社会となったのである。他方で、明治の社会は新しい社会のリーダーや、社会を動かしていくために役立つ人材を必要とした。そのためには、貧乏であるとか、身分が低いとか、いうことにこだわらず、能力のある人を登用することが望ましかった。そこに生み出されたのが新しい教育制度だったのである。学校制度は、社会の階層をあかっていくはしご段のようなもので、その人の出身に関係なく、上級の学校を出れば出るだけ、上の社会層に入る資格をあたえられたのである。だからまた、日本の家庭は子どもに教育をあたえることに熱心であった。きみたちにはちょっとなじみにくいことばかもしれないが、このように上級学校を出て、えらくなろうとする「立身出世」が、学生の間でも大きな影響力をもっていた。その頃、大学を出ると、「末は博士か大臣か」などといわれたものである。
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